JリーグYBCルヴァンカップ 決勝 北海道コンサドーレ札幌vs川崎フロンターレ 埼玉スタジアム2002
埼スタを訪れるのは今年2回目である。1回目は3月2日、いつものようにビジター側の南ゴール裏から見守る浦和戦で、寒風のなかチーム全体が躍動し、2-0で華々しい今季リーグ戦初勝利を飾った。あれから7ヶ月あまり…北ゴール裏から、今度はルヴァンカップの決勝でここを訪れることになるとは、さすがに予想しなかった。こういったときの気の持ち方が分からず、まだ決勝に進むかもわからない段階でリーグからアナウンスされた先行抽選に申し込んでしまい、北ゴール裏のチケットは早々に押さえてあった。ガンバに負ければチケットは紙屑になるところだったのだが、リーグ戦の0-5敗北を見事に覆し、2試合合計2-2アウェイゴール差でガンバを退け、ファイナリストの資格を得た。2016年からの現地参戦で日が浅い私は古参の方よりは緊張しなかったはずだが、いざ試合一週間前にもなると地上波にも取り上げられはじめ、前日頃には血が沸き立ってくるのを感じていた。
埼スタへの道中、駒込駅でユニ姿の私に話しかける者がいる。小さな男の子をおんぶしながら歩いてくる父親だった。「頑張ってください」「知り合いが飛行機が飛ばなくて行けないみたいで」前日の豪雨の影響で、特に航空便には欠航が相次ぐなどの影響が出ており、代替手段で何とかたどり着いたような道内在住者の方が少なくなかったのである。私はというと喉風邪からの病み上がりで、試合前一週間をヨウ素スプレーとともに過ごしたような体たらくであったが、いざスタジアムに着くと、よどみなく声が出せる。一種のアドレナリンだったのかもしれないが、間違いなく心身ともに充実感に溢れているのが分かった。
ふと、2017年10月の味スタを思い出した。あのとき、不調の東京に比べ残留へ向けて意気込む札幌サポーターの勢いが圧倒的で、試合前から勝てる、と確信できるような雰囲気だった。今回はさすがに相手がJ王者の川崎だし、そんな簡単には行くまいとも思ったが、ゴール裏の盛り上がりはある意味あのとき以上だった。初のファイナリストとしての意気込みが全員から伝わってくる。スティングのエコーを快晴の青空に轟かせながら、どんな難しい状況でも声援を送り続けることを決意した。
J公式のアップロードした舞台裏動画を観ると、川崎の選手がウォーミングアップのためにロッカーから出てくるあたりで、札幌のスティングが響き渡っていることが分かる(上記4:15~)。何の勢いもないチームよりも、ああいった圧を試合前から相手にかけるということは、試合を決定的に左右する要素ではなくとも、決して無意味ではないことが分かる。
試合は序盤から動く。福森のサイドチェンジを受けた白井が車屋を振り切ると、ゴール前へクロス。こぼれ球を菅が逆足で豪快に蹴り込んで先制。望外のスタートを切る。このまま試合を運べればかなり優勢、という中で前半ロスタイムに阿部の同点弾を浴びたことは悔やまれたが、トータルで見れば1-1折り返しは決して悪くない。ハーフタイム明けのバビロンの河でチームを鼓舞するも、後半は少し勢いが落ち、よりにもよって終盤の88分に小林の逆転弾を浴びる。もはやこれまでか、と思いながらも、これまでロスタイムに何度もゴールを上げてきたチームの力を皆信じていたのではないだろうか。最後まで、誰も下を向いていなかった。ゴリ押しで得たラストプレーのCK、札幌ドームのゴール裏を思わせるような手拍子の雨の中、福森のインスイングが蹴り込まれる。誰が触ったのか即座には分からなかったが、間違いなく、新井の守るゴールを破ったのを確認したときのゴール裏の狂喜乱舞はすごかった。ハイタッチの雨あられ。背後の大型ビジョンで背番号8のヘディングを見届けたときの、サポーターの熱を帯びたような感動は、言葉にはおおよそ言い表すのが難しい、魂の打ち震えるような時間だった。泣いている人もいた。数々の大怪我を乗り越えてきた深井のことは、サポ歴のそう長くない自分でも分かっているが、古参の方ほど、感極まるところがあったと思う。当然声量は落ちるどころか一層強まり、延長戦へ向けてGO WESTが高らかに歌われるなか、不思議と自分も落涙していることが分かった。あれが深井に対するものだったのか、延長まで持ち込んだチームへのものだったのか、今もって分からないが、それら全ての集合体だったのではないかと思う。
延長戦ではチャナティップが谷口に倒され絶好の位置でFKを得る。VARが走る。札幌ゴール裏からはファウルの位置がよく見えず、PKの可能性についての審議かと思ったが、結局は谷口がDOGSOによる退場となった。さらに福森の直接FKは見事ネットを揺らし、札幌の初タイトルはぐっと近づいた。しかし、退場者を出した相手に対してそこまで優位に試合を運べたことがないことが分かっていたから、緩まずに応援をし続けていたつもりだった。のだが…、延長後半、またも小林に決められる。瞬間、嘘、と口からこぼれたことを覚えている。なんというジェットコースターのような試合か。しかしここまで来たら試合終了のその瞬間まで、声を上げ続けるほかない。結局10人を相手に延長の30分で勝ち切ることはできず、PK戦へもつれ込んだ。
ソンユンは6月の等々力でダミアンのPKを止めているが、この日は簡単にセーブとは行かなかった。しかし車屋がPKをバーに当て、札幌のルーカスが決めたところで、またもタイトルの実像が目の前にはっきりと浮かんだ。直樹が決めれば優勝のところを、新井の見事なセーブで阻まれた。良いコースに蹴り込んでいたし、あれはキーパーを褒めるよりない。サドンデスに入り、進藤がスポットに立つ。あとから、相当の勇気を持ってあの場所に立っていたことが分かったが、進藤の姿を見たときに頭をよぎったのは…強心臓に見せかけて、ナイーブなところも持っているはずの男だ。もしこれを外したら…進藤にとっては本当に良い薬になるはずだ。こんな経験、そう得られるものではない。ここで優勝した方がもちろん良いが、仮に敗れるとしたら、これから札幌を支えるであろう若手に、何物にも替えがたい経験を与えた上で敗れるのが、最も理想的ではなかろうか。…これらすべてが試合中によぎったわけではないが、最終的に進藤のシュートは新井の正面を突いた。10時に埼スタに入ってから6時間近く経過していたはずである。試合は終わった。120分でも勝負のつかなかったルヴァン屈指の大熱戦は、PK6人目で勝敗が決し、札幌は準優勝となった。目の前ではっきりと像を結んだタイトルは、静かに雲散霧消した。
その瞬間の私は、事実を反芻するようにしばらく立ち尽くし、川崎がカップを掲げる頃には椅子の上で灰のようになっていた。口惜しい気持ちは確かにあるが、悔いは無いな、と思った。試合のなかにおいて出来ることは、選手が皆やり切ってくれたように思う。またこの舞台に立てる日が簡単に来るとは限らない。だが…正直最近、ちょっとチームを不甲斐ないと思う機会が増えていた。去年ACL目前まで行った躍進を見た直後だからだろう、中位に甘んじてよいのかのごとく、リーグ戦で奮わない選手たちを見ては、もっと出来るだろう、覇気がない、と感じることが多くなっていた。しかしこの試合は…地上波でも放映されていた決勝戦は…誰に見せても恥ずかしくない、ファイナリストの名に恥じない名勝負だった。実際、試合後の報道でも、そのように受け止められていた。このチームを応援していて良かったと、久しぶりに強く思った。そんな試合をこの目で見届けられて良かったと、心底感じた。札幌がタイトルを取る日まで…まだまだ、応援し続けることができる。こんな試合を演じてくれたチームへ、私は心から喝采を送りたい。私はユニフォーム姿のまま、誇らしい気持ちで帰路へついた。
入場者数:48,119人
自由席北